Setzer先生の還暦祝賀会と中世の街Hattingen

コンクリートの凍害に関する第2回RILEM国際会議報告

JCI会誌10月号

多田眞作 *

写真2 左からChuraev, Findenegg, Stark(座長)Setzerによる討論

1. 会議の概要

 本会議はドイツのエッセン大学建築物理・材料科学研究所で 2002年4月18、19日の両日に開催された。「ナノ構造および細孔溶液から巨視的挙動と試験法まで」という副題が示す通り、コンクリートの凍害に係わる物理化学的理論から現地調査や評価試験方法に及ぶ広い範囲の研究が発表された。
 同時に、6年に亘るRILEMの「凍結融解によるコンクリートの内部損傷」技術委員会の締めくくりとして、またこの委員長の座長であり本会議の議長でもあるSetzer教授の凍害への取り組みの25周年を記念するものである。又非公式ながら教授の還暦を記念するものでもあったようで、会議の後に学内で祝賀会が行われた。
 発表は講演時間が20分の招待講演が13件と10分の一般講演が24件(うち欠席2件)、及びポスターが4件である。招待講演は概ね上記のRILEM技術委員会のメンバーで、一般講演とポスターはSetzer教授の研究室OBと現在の大学院生が目立った。また日本からの発表はドイツの13件に次ぐ5件であった。論文集
1)は会議の受付で参加者に配布された。一般の書店ルートでも入手可能である。論文集の目次は会議のプログラムとほぼ同じであり<http://www.rilem.org/rpcon24.html>で参照できる。以下に研究発表の概略を紹介する。文中で講演者の敬称を省略させて頂いた。

2. 凍害の物理化学

 初日の午前中の「微細構造と細孔溶液」セッションではStark、Andradeの招待講演と8件の一般講演があった。Starkは優れた翻訳による著書
2)により、コンクリートに対するその物理化学的アプローチが我国でも良く知られている。水セメント比50%のペーストの初期水和生成物の形態をESEMを用いて観察し印象的なプレゼンテーションを見せてくれた。Adolphsは相対湿度を変えて養生したペーストの細孔径分布を示し、相対湿度30%の養生品が示す幾つかのの特異な性質に着目した。Dahmeは表面の吸着水の凍結挙動を示差走査熱量計測定し、疎水化された表面では-40℃近傍の凍結第2ピークが消失することを示した。Wowraは炭酸化で生成したバテライトが2サイクルの凍結融解後にX線回折のピークが消失することを示した。

 初日の正午から「界面化学と凍害メカニズム」と題するセッションが始まり、Churaev、Findenegg、Fagerlund、Penttala、Setzerの招待講演と5件の一般講演があった。ChuraevはDerjaguin亡き後のロシア科学アカデミー物理科学研究所の所長を務め、82才の今も矍鑠として分離圧の概念を解説した。筆者は分離圧はほとんどの場合溶媒の浸透圧で置き換えらないだろうかと尋ねたが、2重層が重なり合う場合の反発力なども含めて記述するには分離圧の概念が必要であるとの答えであった。Findeneggは円筒形細孔モデルの標準物質となりうる多孔性シリカを用いて凝固点降下式を検証し、従来信じられてきた水-氷の相変化熱の温度依存性は無いと結論した。討論は数件の講演のあとに講演者が壇上に揃い、一括して行われた。コンクリートを対象としながらも物理化学の一般論としての扱いが多い中、ChuraevとFindeneggの講演に至っては全くコンクリートと云うことばが登場しなかったこともあって、議論についてゆくのは多くの聴衆にとって難儀であったに違いない。

写真1 会場のエッセン大学


*株式会社テクスト代表


 Fagerlundは凍害の限界飽和度の概念から損傷係数を定義し、開放系の凍結融解試験におけるサイクルに応じた劣化は疲労としてではなく損傷として記述することの合理性を示した。Penttalaは氷の熱膨張がマトリックッスの6倍あることから、融解過程での損傷があるとの考えを示した。
 水が液体から固体へと相変化する際、その9%の体積膨張が凍結膨張の直接の原因ではないことは凍結収縮の存在からも明らかである。かってPowersは、いかなる凍害の理論も凍結時の収縮を説明できるものでなければならない、と述べた。Setzerが提示した微少アイスレンズモデルはこの凍結収縮をも含め、凍結融解中の水分の再配分を合理的に説明するものである。

 二日目午前中の「損傷力学および実験研究」セッションでは凍害問題への微少破壊力学の応用という新しい試みが提示された。
Wittmann(講演はHorsch)はマトリックスとしてのモルタル、ランダムに充填された球形の粗骨材、およびモルタルの脆弱部としての遷移帯の3者の複合モデルに凍結融解条件を与え、凍結挙動、クラック発生、凍結融解サイクルに対する剛性低下のシミュレーション結果を示した。三橋(東北大)は飽和モルタルの凍結膨張をひび割れによる変位の集積として扱い、新たな物理量として損傷係数を導入し、それが温度の関数となることを示した。Muttaqin Hasan(北大)は、凍結融解サイクルによる内部損傷を考慮した構成関係のモデルと実験との良い対応を示した。Zhang(岩手大)は、水セメント比、空気量、2種の混和材による多様な調合条件とその空隙構造、塩分浸透性、スケ
ーリング量との関係を示した。

3. 凍害の試験方法

 ASTMの凍結融解抵抗試験は凍結融解サイクルを主要な劣化外力とみなし、試験中の水分の移動を不問に付してきた。一方、RILEM技術委員会では凍害の生じる限界の含水量を決定する限界飽和度法、凍結防止剤溶液の影響を考慮したCDF試験、凍結融解サイクル中の毛管吸水を考慮したCIF試験など、基本的に物質移動を考慮しながら、精力的に試験方法の改良に努めてきた。その中で、高強度コンクリートや透水性コンクリートなどの新しいコンクリートが登場し、既存の試験方法の適用範囲に関する議論の必要性が高まってきた。最後のセッション「試験方法」では、AubergがCIF試験を総括し、Janssenは適切な凍害評価試験に含まれるべきパラメータについて述べた。佐伯(北大)はCIF試験の透水性コンクリートへの適用結果について報告した。杉山(北海学園大)は透水性コンクリートをASTM-C666のA法(水中凍結/水中融解)とB法(気中凍結/水中融解)で評価した場合の結果が大きく相違することを報告した。他にも興味深い発表は多く、特に論文集には記録されていないが、口頭で興味深いデータを公開している発表も少なくなかったが、紙面の都合で割愛させて頂いた。

4. おわりに

 会議終了後の恒例行事ともいえる実験室見学には約20人が参加した。数台の自動CIF試験機がフル稼働し、試験方法としての基本的な検証が終了したCIF試験の各種コンクリートへの適用が精力的に行われていた。その中で創意に富んだ自作の装置として筆者の目を引いたのが水蒸気吸着装置で、温度と相対湿度が制御可能な真空容器の中で、多数個の試料の質量測定を自動化しているものであった。ただ制作者のAdlphsが卒業したため、現在は運転できる人が居ないとのことであった。
 会議が終了しエッセンを離れる翌日になって、降り続いていた雨はあがり会議の有意義な思い出と共にすがすがしい気持ちで帰路に就くことが出来た。いかにもヨーロッパ的な研究姿勢に貫かれたRILEMのこの種の会議は、普段のアプローチとの違いを意識する良い機会でもあった。今後多くの若手の方に出席して頂きたいものである。